グローバリズム? 関係ない!
西端の街、佐世保。
陸の孤島に、誰も知らない夜がある。

米海軍と自衛隊が駐留する軍港として、巨大なクレーンが林立する造船の街として、近代日本の歩みとともに発展してきた街、佐世保。港に立ち寄る軍や造船関係者と、他に行くところがない隔離された地勢のせいで、その夜街は街の規模を超えていびつに増殖してきた。主に日本人が通う山県町界隈と、米兵や寄港した外国人が集うセーラータウン。二つの夜街で働く自由を愛する女たちと、そこに集う男共。陸の孤島佐世保の誰も知らない夜を捉えた160ページ。

 

サセボプロジェクト02
写真集『誰かのアイドル』

写真と文:松尾修
アートディレクション:中村圭介(ナカムラグラフ)
デザイン:吉田昌平(ナカムラグラフ)
発売:2015年6月2日
装丁:ナカムラグラフ
発売:日販アイ・ピー・エス
仕様:257 x 182mm / 160頁
定価:2,700円(税込)

 
 
 

Story


 
 まずはタクシーに乗る。わずかワンメーターの距離をわざわざタクシーに乗って移動するのは、坂の街に暮らす佐世保の人々の習性である。タクシーの運ちゃんの不況話を聞き流しながら、佐世保の人々が「特検」と呼ぶ交番のある夜の街の中心地に降り立つ。やたらと広い、深夜まで歩行者専用の通りであるこの辺りには、8時を過ぎた頃から、福岡からホステスを乗せてやってくるマイクロバスや、ミニスカートにコートを羽織ってキャッチに出てきた女達、冷やかし程度にうろつく若い米兵、仕事を終え作業服のまま繰り出した造船関係者などで賑わいだす。
 魚は飽きたので、鳥刺しあたりで軽く腹ごしらえをしていると、どこで聞きつけたのか、馴染みのスナックの女の子からメールが入りだす。「どこにおると~?」「なんしよると~?」。古い付き合いのホステスからのこの手のメールは、お誘いというよりは協力要請、知って乗ってやるのが粋であると言いながら、結局のところは乗せられて、顔を出す事になる。
 同級生の呼び込みと変わらぬ近況を報告しあったり、キャッチに出ている知った顔のホステスに軽口を叩いたりしながら、目当てのスナックにたどり着く。協力要請があるくらいだから、最初客の数はたかが知れているが、そのうち同じような境遇の男共が集まりだす。男達はカウンターに居並んで、例のごとく女達を相手に、口説いたり、自慢したり、からかったり、怒ったりのいつもの一通りを繰り返す。

 スナックを出たら、たまには気分を変えるかと、徒歩で数分のセーラータウンへ向かう事にする。無論移動はタクシーである。セーラータウンは、朝鮮戦争やベトナム戦争を経て、米兵や寄港した外国人のために発展した街である。当時とは比べものにならないが、大きな船が寄港した週末には今でも米兵達であふれかえる。外人バーはチャージ料金のある日本の飲み屋と違って、飲んだっきりのキャッシュオンなので、一軒一杯でハシゴを繰り返していくのがスタイルだ。
 最初は表通りのマイルドな外人バーへ、日本人が接客している事が多く、最近は観光客も見受けられる。興が乗ってきたら、セーラータウンの最深部の入り組んだ小さな路地へ。二階建ての長屋が連なり、どこが入り口が分からないような、カウンター十席ほどの店が重なり合っている。トイレの入り口と見紛うようなドアを開けると、底抜けに陽気なフィリピーナ達が迎えてくれる。ここで働く女達は、ほとんどがフィリピーナやロシア人、佐世保で結婚して永住している者も多い。こちらでも米兵たちがカウンターに居並んで、例のごとく女達を相手に、口説いたり、自慢したり、からかったり、怒ったり、いつもの一通りを繰り返している。
 
 0時近くなると、小さな路地は高校の休み時間の廊下のような様相を帯びてくる。多くの米兵たちが基地へ戻る前に、ドアの前で女の子と別れを惜しんだり、知った顔同士で立ち話をしたり。我々も馴染みの飲み屋街に戻る事にする。酔い覚ましもかねて、今度は歩いて戻ろう。ラーメンかカレーで締めて、家路につくもよし、朝まで開いているバーで競輪や釣りの話をするのもいい。
 客もまばらなラーメン屋で寂しく麺をすすっていると、訪れたスナックのホステスから例のごとくのメール、「今日はありがとう、また来てね」。いえいえ、金は払っているけれど、こちらこそいつもありがとう。